
ドイツにてシングルママ子育てを卒業したSunnyです。
最近、ふと教育関連の動画を見ていて、思い出したことがあったのでメモがてらシェアします。
「親から言われた言葉は、ネガティブなものでもポジティブなものでも、
大人になってからもずっと心に残っているものだ。
最悪なのは、子供の頃に親や先生、周りの大人たちに言われた
ネガティブな言葉に縛られ
大人になってもずっと自分の能力を解放できずにいることだ。」
といった内容のものでした。
ドイツの赤ちゃん期に経験した言葉
これは、私自身がネガティブ経験として持っているので、
娘を授かった時、自分が子供に発する言葉には気をつけようと思っていました。
何よりも、生まれてきた子供は
「個性を持った一人の人」として認識していた部分が強かったので、
娘が赤ちゃん期(またはその後も)
周りの大人の言葉が発する、彼女の人格を評価するような言葉に
私自身がとても敏感になっていました。
例えば赤ちゃん時代(ハイハイ期)に、
”物を片付ける”という概念はなく
大人が期待するような”お片付け”は起こりませんが
新米パパだった娘の父親はよく
「Du bist faul(怠け者)」という言葉を半分冗談で
浴びせていました。
冗談だとわかっていても、人は何度も同じ言葉を聞くと
意味がわからなくても脳に残ります。
この辺の説明を、国際結婚で相手が日本文化を熟知していない場合
「言霊(ことだま)」についての説明が面倒になるのはもちろんのこと
ネガティブ言葉を聞いた子供の脳に残り
後々の心理面、ひいては人格形成、自己肯定感への影響など、
10年、20年先の娘自身の成長を見据えて、
言葉には気をつけてほしいということを
元夫と対話をするのが非常に面倒だったことを思い出しました。
日本の子育てで経験した言葉
その後、娘が2歳から日本とドイツで国際別居をして離婚成立し、
娘が7歳まで日本で子育てをしていたのですが
日本で子育てをしていて一番衝撃だったのが、周りのママさんパパさんたちが
彼ら彼女らのお子さんたちに浴びせる言葉に、多くの「大人目線の」
ネガティブワードの評価があったことでした。
思い出す限りの例を挙げると
・◯◯ちゃんはお利口さんにしているのに
・◯◯ちゃんは女の子らしいのに
・「うちの子はどうしようもない」
・「うちの子はバカだから」
別格に酷かったものは「お前」「デブ」と4歳、5歳の娘ちゃんを名前で呼ばずに、
愛のない言葉を浴びせている衝撃ママさんもいました。
(年配の保育園の先生に、そんな言葉を言わないでください、と注意されていましたが治りませんでした)
言葉の裏側にある親の心理
酷すぎるものは別としても、この子どもに発するネガティブ評価ついて
一時期自分の中であれこれと本を読んだり、思考を巡らせた時期がありました。
そうしてたどり着いた結論は、
日本では根深い文化(と私は認識している)「Lookism(ルッキズム)」が影響し
他者との比較で自分が評価される社会に
親自身がどっぷりと浸かって成長してきたからだと結論づけました。
「他人から自分の子供がどう見られているのか?」
という感覚は、
「親としての自分は他人(社会)からどう見られているのか?」
と言う感覚につながります。
また、「他人の子と自分の子の優位性はどちらにあるのか?」
という親の心理的競争心も相まって、
自分の子供を強いストレス下(今でいう教育虐待)に置くのも
親自身が幼少期に経験したことからでしかアプローチできない、ということにも気がつきました。
これは教育虐待に限らず、子育て自体が、親自身の幼少期を追体験するような感覚になることが多く
そもそも良くも悪くも自分の親にされてきたことしか経験として持っていないので、
気をつけていないと、トラウマがある場合はそのまま同じことを
自分の子どもにしてしまうことも多くあります。
また、親自身の過去の挫折経験から(受験など)、
自分の子どもには自分が落ちた志望校に合格してもらいたい
という、親のエゴのもとでの教育虐待も起こります。
どちらにしても、「子ども自身」の意向に耳を貸さず、
親自身も自分の内側の心理状態に気がついていません。
この場合、子どもが柔軟性があるなら良いかもしれませんが
大体は親子の間で信頼関係が崩壊してしまい、大人になってから
親子の関係が希薄になったり、冒頭に書いたような呪縛が生じて
悶々とした大人になりかねません。
親の発する言葉の影響力
どちらにしても、どの子も良い面を持ち合わせているのに
ママさんパパさんたちが、自分の子供を「子供の前で」過小評価するのは
謙遜もあるかもしれませんが、危険以外に何ものでもありません。
なぜなら、大好きなママやパパの発する言葉は
強烈に心に刻まれるからです。
たった一言でも一度でも、一生忘れないほどのインパクトを残します。
その呪縛に囚われて、自分の持っている能力を最大限に引き出すことができず
親の理想だけで決められた道に行かせると、
子供には合っていないトンチンカンな方向にエネルギーを注ぐことになり
歪みが生まれて、うつや健康面の疾患を発症するリスクが高まります。
この世に生まれて十数年で深刻な状況に陥った場合、
社会に適応できない大人になってしまい、最悪は「5080問題」に繋がりかねません。
上記は日本での経験ですが、以下はドイツでの経験です。
ドイツの子育てで経験した言葉(A君の場合)
娘が中学生の頃、同じクラスになった男子A君と
通学バスが同じだった時期が一年間ありました。
A君のことは、6年生の転校時から学校のイベントで知っていました。
なぜなら、学校の方針でクラスに1人ダウン症の子も一緒に勉強していたのですが
そのA君はダウン症のB君のお世話係として、
イベント時にもB君をリードして、とても気の利く子だと感心していました。
娘はよくA君とバスの中で話をするようになり
たまにその会話を夕食時に教えてくれることもありました。
最初はお互いに学校や先生の話、クラスメイトのゴシップなど、
ティーンのクラスメイト同士がする普通の内容でしたが、
そのうち打ち解けるようになり、プライベートの話や将来の夢の話などをするようになりました。
そして、A君は物事を思慮深く捉えることのできる
心の優しい子だと感じていました。
また、当時娘が持っていた将来の大きな夢について、
(あるあるな)批判的思考を持つドイツ人の友人1人に日常的に反対されていたのですが、
A君は「君ならできると思う」と、何度も肯定してくれた人物でもありました。
そんなある日、A君は「俺はバカだから卒業試験はパスできないと思う」と
言っていた、と言うのです。
(娘の通ったモンテッソーリ学校は、10年生に中学卒業試験Mittlerer Schulabschlussがありました)
それまでの子育ての経験上、自分のことをバカだと思う子供たちは、
親から言われているのか、周りの大人の誰かに言われているのか、
または友人たちからからかわれたことがあるか、のどれかがきっかけになっているはずです。
(”バカ”という概念が、そもそも幼少期には存在しないため)
なので本人がそう思うに至った経緯には必ず理由があるはずなので、
「誰が彼をバカだと言っているの?」と娘に聞いてみました。
すると、周りの友達が日常的にからかっているのだ、と言うのです。
娘の通ったモンテッソーリ学校は自主的に勉強を促す学校だったので、
プレッシャーがあれば勉強できる子の場合は、
自主的に勉強させる方針の学校には合わないのですが、
彼自身が恐らくプレッシャーがあれば勉強できる子だったのかと推測します。
(ここで言うプレッシャーとは成績評価や週に何度もある小テストなど)
また、A君のママさんは有能であろう弁護士さんで学校の保護者リーダーもしていました。
2つ年下の弟君は勉強がよくできる子だったようで、
もしかしたら家庭でも比較されていたのかもしれません。
私はA君とほとんど話をしたことがありませんが、
娘が毎回事細かく会話の内容を教えてくれていたので、
A君の良さを理解していました。
ただ、本人が自分のことをバカだと信じ込んでしまっていた場合、
結果は悲惨なものになります。
2回しか中学卒業試験のチャンスはないのですが、
1度目に落ちて留年し再度10年生をしたものの
2回目もA君は試験に落ちました。
1度目の留年確定時に卒業パーティがあったのですが
A君よりも保護者リーダーだったママさんが大変落ち込んでいた姿が
目に焼きついています。
A君の大きな夢であった進学はできなかったのですが、
それでも風の噂で、彼は今車関係の修理工になるために
トレーニングを受けているそうなので、
ひとまず道が見つかってよかったなと思いました。
最後に
どの子にだって必ずその子特有の「才能や良き面」はあります。
その個性を見つけて、見守って伸ばし続けることが
親や周りの大人たちの究極の役目だと私は思っています。
A君のように、周りから言われ続けて自分でもそう信じ込んでしまったら、
それこそ一生その呪縛から逃れられなくなる可能性だってあります。
それほど、子どもが耳にする言葉は強烈なインパクトを残し、
後々呪縛になる可能性があります。
当てはまるかも、と思った方は
是非今日から、愛を込めて肯定的な言葉を投げかけてくださいね。
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