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【日本の小学校を題材】2025年アカデミー賞ノミネート作品、短編ドキュメンタリー映画 

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【日本の小学校を題材】2025年アカデミー賞ノミネート作品、短編ドキュメンタリー映画 

つい先日、第97回アカデミー賞の受賞作品が発表されましたね。毎年欠かさずチェックしているわけではないのですが、ニュースにあがれば記事を読み、あれこれと考えを巡らせて興味のある作品をチェックするのが好きです。

今回は、昨年から話題になっていた、山崎エマ監督の『小学校〜それは小さな社会〜』 。兼ねてから見たいなと思っていましたが、世界で反響があり、『ニューヨーク・タイムズ』のオンラインサイトで公開された短編ドキュメンタリー、 『Instruments of a Beating Heart』がアカデミー賞の短編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされ他ので、チェックしました。(動画は最後に貼ってあります)

残念ながら受賞は逃しましたが、それでもこれだけ注目度のある授賞式でノミネートされるということは、世界からの関心度が高いのがわかります。 

山崎エマ監督のバックグラウンド

このドキュメンタリーを撮影した山崎エマ監督は、イギリス人の父と日本人の母を持ち、日本の公立小学校に通ったそうです。その後インターナショナルスクールに通われ、アメリカの大学へ進学しています。そして、海外生活を送る中で気づかされた“自分の強み”は“日本人ゆえ”であり、遡ればそれは、公立小学校で過ごした時間に由来するのではないかとの思いに至ったそう。

そうして、「小学校を撮りたいと思った」とのこと。

日本の小学校教育

日本の公立小学校へ通っていた方にとっては、こちらのドキュメンタリー映画で映し出される日常は至って普通の日常で、コロナ禍での撮影であったことを除けば、新鮮さを感じ場面は少ないです。

朝の挨拶、教室の掃除、給食の準備、体育館へ並んで移動、楽器の練習、先生の指導ーーどれも私にとって懐かしい風景そのものでした。

この短編映画を観ながら、12年前の出来事が思い出されました。当時、私は日本の公立小学校を卒業し、娘も同じ小学校に入学しました。彼女は1年と少しの間通学しましたが、私が小学生だった頃とほとんど変わらない学校生活に、強い懐かしさを覚えたのです。

日本の小学校での経験

例えば、12年前も次のようなルールがありました。

  • 朝マラソン:校庭を走り、継続できるようにシールを集める仕組みがあった。
  • 朝読書:読みたい本を図書館で借りて読む時間があった。
  • 掃除の時間:雑巾に名前を書き、洗濯バサミと一緒に持参。(椅子の下に雑巾を干すための針金が設置されていた)
  • 給食当番:給食着を家庭で洗濯して持参。
  • 体育館シューズ:上履きとは別に用意し、机の横に吊るして保管。
  • 防災頭巾:入学時の必須持ち物。
  • 運動会:体操着や赤白帽子を購入。
  • 遠足:一人数百円分のお菓子を持参可能。

こうしたルールが整然と統率されていたのが、日本の小学校の特徴でした。

ドイツのシュタイナー学校での経験

前提として、過去に何度か軽く記事に書いていますが、我が家の娘の場合はドイツでは小学校1年生から5年生まではシュタイナー学校(Waldorfschule)へ通いました。そのため、一般的なドイツの公立小学校とは異なる点があるかもしれませんが、日本の公立小学校(1年生だけに断定)と比較すると、次のような違いがありました。

  • 朝の自主的な運動はなし
  • 読書習慣がない(まだ本格的に文字を習わないため)
  • 掃除はしない(掃除会社が対応)
  • 給食の時間なし(代わりにBrotzeitという10時頃の軽食時間がある)
  • 上履きなし、体育館シューズは自由(指定なし)
  • 防災頭巾の概念なし
  • 運動会のような競技イベントなし
  • 体操着の指定なし(Tシャツとレギンスなど、自由な服装)
  • 遠足に市販のお菓子を持参しない

指定された体操着や、体育館シューズなどはなかったです。スパンコールやラメなどの華美なものや、創造性を壊すと言われている黒でなければデザインやカラーは自由でした。

強いて言えば、学校で使うノートは線の入っていないまっさらな指定ノート、クレヨンはみつろうでできたブロッククレヨン、くらいでしょうか。

書きながら思い出しましたが、シュタイナー学校では、朝、教室へ入る時に、担任の先生と握手しながら挨拶して教室へ入ることが恒例でした。

日本の教育が与える影響

私は日本の公立学校で12年間学んだことで、今も無意識のうちに日本的な「規律」や「統率」を重視する考え方を持っています。それは個人主義ではなく、「全体主義的な観点」が自然に発想として生まれるからかもしれません。

例えば、チームワークを重視し、相手への思いやりを持ちながら調和を図ろうとする姿勢は、日本の教育が培ったものだと思います。ただし、時には自己主張が求められる場面でも、チームの調和を優先してしまうこともあり、それがドイツのような個人主義的な文化ではコミュニケーションの限界を感じる原因にもなります。

日本とドイツ、それぞれの教育の課題

日本の小学校では、多くのルールのもと、努力を重ねながら成長していく経験を積むことができます。しかし、ドイツの公立学校では、それが自然に身につく環境ではありません。家庭で高い意識を持ち、親が積極的に関わらないと、子どもにこうした経験をさせることは難しいと感じます。

一方で、日本では不登校児の増加や、教育現場の人手不足、ブラック企業並みの労働環境など、学校教育の現場には大きな課題もあります。先生たちの心のケアも、重要なテーマではないでしょうか。

日本の教育がすべての子どもにとって最適とは限りません。しかし、世界の平和や幸せを考えたとき、日本の学校教育には多くのヒントが隠れているのではないかなと思います。

20分程の短編ドキュメンタリーです。ご興味のある方は是非ご覧になってみてくださいね。

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